【尾杉】見えないものを見ようとする誤解、全て誤解だ
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『包帯オガタのオガタを佐一くんが好き勝手にして跨ってあんあんするだけの本』 五月のイベントに突発で出したコピ本です。 突発クオリティなのと、五月時点での原作軸のお話なので いろんなことを考えないで読める心の広い方だけどうぞ。
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自分自身の呼吸音が、いやに耳につく。まるで卑しい獣みたいだ。もしかしたら俺は、おかしいのかもしれない。いや、おかしいのなんてとっくの昔からだった。おかしくなければ、戦場では生き残れない。人としておかしくなるか、頭がおかしくなるか、はたまた両方か。何にせよ、正気では生き残れない。 もし俺があの頃よりも、もっとおかしくなっているのだとしたら、それは俺の脳が欠けてしまったからに他ならない。尾形百之助に鉛の弾で抉られたところが、じくじくと、じくじくと俺を苛むのだ。 動けぬ相手のベルトと軍袴の釦を外し、前を寛げれば、奴が緊張に息を詰めたのを感じて、苛ついた気持ちが少しだけマシになる。褌の上から撫で上げてやると、晒し特有のざらりとした触り心地と共に、温い体温を感じた。 やわやわと握り込んだ逸物はまだ柔らかい。 やめろと告げてくる声は小さく掠れており、かつての面影は僅かだった。元々の声だってけして声量は大きくなかったが、もっと低く艶やかで、いつだって気に食わない程の余裕を感じさせた。 「はは、お前は俺が、何度やめろと云っても訊かなかった癖に、自分はきいて貰えると思ってるのか」 粗末な寝床で横たわっている、行為の制止を求める男のことを、冷めた目で見下ろしてやる。だが残念なことに、奴の視覚が物理的に遮断されている状況では、何の効果も産まなかった。 「良いザマだな、オガタ」 だから分かりやすい言葉にしてやると、尾形は小さく舌打ちをして、もう何も云わなくなった。 ニヴフ民族の冬の家、トラフを借りて暫しの休息をとっている杉元一行は、誰しもが満身創痍だ。 生きているだけでも、マシだろう。冷たい氷の上に置いてきた、かつての旅の同行者のことを思い出す。彼は優しすぎたのだと、葬いの涙をこぼす仲間の背中が脳裏に蘇り、杉元はゆるゆると頭を振った。 後ろは振り返っても仕方がない。自分たちは、どんなに傷つき限界を迎えようとも、歩を進めることしか出来ない。前進だろうが後進だろうが構わないが、戦場で立ち止まった者にあるのは、死のみだ。 一番重症である尾形は、最早死神と添い寝していても不思議ではない状況に思えた。 杉元によって抉り出され、虚ろとなった右の眼窩の上には粗末なガーゼが置かれており、無事である左の眼も影響を受けることのないよう、視界は全て塞がれ、包帯でぐるぐる巻きにされている。 視界を奪われた状態では、精神的にも酷く消耗していくことは容易に想像が出来る。 だからと云って、杉元は本当のところ、先程吐き棄てたように『良いザマ』だとは最早思っていなかった。いや、正確に云えば、何とも思っていない、というところか。 網走病院の寝台の上で何度も何度も呟いた、殺してやるという激しい感情は今は失せている。 別に憎しみが消え去ったわけではない。アシリパの父を撃ち殺したことも、アシリパを攫ったことも許していない。お前の眼を討ったことで、アシリパが酷く傷ついたことはもっと許していない。 ただそれよりも何よりも、金塊を見つけ出し、彼女を金塊争奪戦から解き放つことを優先しているだけだ。殺してやるのは、今ではない。 だがそれとは別に、尾形のことを考えると、杉元の脳の欠けた部分はじくじくとして、肋骨のあたりがギシギシと痛むのだ。 幾ら覗き込んでも何を考えているか読めぬくせに、此方の心の奥底は見透かすように自分を射抜いた眼は、今やどれだけじぃと見つめても、包帯と虚ろに遮られて見ることが出来ない。 右の眼窩に指をそおっと当ててみるが、感覚もないのか、尾形は身動ぐこともなかった。 「…………、」 杉元はそのまま無言で、眼窩に触れていた指を血色の悪い頬までずらす。両の手で覆うようにすると、無精に伸びた髭がざりざりとした感触を掌に返してきた。 がさりと肌触りの悪い頬を撫でてみる。自分が触れられた記憶や無理矢理に掴まれた記憶はあれども、尾形の頬なんぞ、きちんと触った記憶が無かったから、これがどのように変化したのかまでは思い出すことが出来ない。 唯一感触の記憶がある唇はがさがさに乾いて荒れ、割れたところからは血が滲んでいる。 変わってしまったそれらを過去と一致させるように、杉元はひとつひとつ、丁寧に指先でなぞっていった。 唇の上で親指の腹を何度も何度も往復させ、ふにふにと遊ばせていると、包帯で覆われて見えぬ癖に此方を見ようとするかの如く、眼窩を歪めた気配があった。 気付いた杉元が指で遊ぶのを止めると、尾形の薄い唇が少しだけ動く。爪の先が濡れた粘膜に触れ、咥内が乾いているわけでは無かったことに何故か安堵した。 がさかさの細い声が、自分を呼ぶ。うまく聞きとることが出来ずに顔を近付けると、唇の端から漏れた生温い吐息が、杉元の唇の端を掠めた。 死が近い者の吐息は最早冷風に近いが、今の尾形のそれは生者と死者の中間のようだ。先程触れた逸物だってそうだ、前は別に勃ちあがっていなくとも、どくどくと火傷しそうな熱を感じられたのに。それとも熱く感じていたのは、己の期待故だったのか。 尖らせた舌先でもって、かさついた唇を湿らすように舐め上げてやる。一瞬震えた尾形の反応は、杉元を満更でもない気持ちにさせた。弾力のない唇をふに、ふに、と己の唇で喰むと、何事もない様子を装ってはいるが、尾形の躰に力が入っているのがわかる。少しだけ空いた唇の隙間に舌を差し入れてはみたが、前歯に阻まれて咥内へ潜り込ませることは叶わなかった。 「……ち、つまらねえな」 ちゅ、と軽い音と共に唇を離し、杉元は包帯の白を見た。嗚呼、『目は口ほどに物を云う』のはあながち嘘でも無いのだろう。今の杉元に見えるのは包帯の白だけだし、尾形に見えるのは闇だけだ。唾液で濡れてしまった唇を指の腹で乱暴に拭ってやると、鼻筋に皺が寄った。 尾形の唇が厭らしく、しかしながら、かつてよりも弱々しく弧を描いた。尾形がこういう風に笑う時は大抵夜伽で、しかも碌なことを云わないのだと、杉元はもう知っている。 「はは、杉元ォ……お前、重傷者の寝込みを襲うくらいに、ちんぽが欲しいのかよ」